センター会報

過去の「センター会報」の中からおすすめの記事を紹介します。

17年度

第3回研究会報告 新学習指導要領について

  3回センター研究会は,726日(水),鴨池公民館第2研修室で開催され,参加者は9名でした。提起者は小倉誠さん(小学校教諭)でした。   

 

 小倉さんの提起は、校内研修における南九州市教委配布の各種資料や文科省教育課程企画特別部会資料、各種解説本・新聞記事に加え、『教育』201610月号の識者論文(児美川孝一郎氏のものが特に示唆的で、本稿を書く上で参考になりました)や『理科教室』20177月号の兵頭俊夫氏の論文等を基に、多岐にわたるものでした。これに今夏の県民教連集会における白尾裕志氏の講演も参考にしながら、今回の学習指導要領改定について述べることにします。

 

その前に、先ず<学習指導要領の歴史>を振り返っておきましょう。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

1947(昭和22)年:「試案」として文部省が公表。〔軍国主義一掃。教育は上意下達でなく民主的につくりあげていくべきものと強調。児童中心・経験主義的傾向、社会科発足〕

 

1951(昭和26)年第1次改訂。47年試案を踏襲。

 

1958(昭和33)年~1960(昭和35)年第2次改訂。大臣告示のかたちで定められ、以後ほぼ10年ごとに改訂、「教育課程の基準」として法的拘束力をもつものと位置づけられる。

 

〔経験主義批判~系統的学習の重視、基礎学力の充実、科学技術の向上、道徳特設〕

 

1968(昭和43)年~1970(昭和45)年第3次改訂。〔「教育内容の現代化(ブルーナー)」、時代の進展に対応した教育内容の導入~算数における集合導入〕

 

1977(昭和52)年~1973(昭和53)年第4次改訂。〔ゆとりのある充実した学校生活の実現、学習負担の適正化~学習内容精選。時数削減〕

 

1989(平成元)年第5次改訂。〔社会の変化に自ら対応できる心豊かな人間の育成~小学校生活科新設、道徳教育充実、「生き方」「個性を生かす」、高校では社会科解体→地歴科・公民科、家庭科男女必修〕

 

1998(平成10)年~1999(平成11)年第6次改訂。基礎・基本を確実に身につけさせ、自ら学び考える力などの「生きる力」の育成~教科内容の厳選、「総合的な学習の時間」新設〕

 

2008(平成20)年~2009(平成21)年第7次改訂(現行)。〔2006年教育基本法改正をうけ「生きる力」の一層の発展としての伝統と文化の尊重、国と郷土を愛する心を育み、国際社会の平和と発展に寄与~道徳教育の充実。「ゆとり」か「詰め込み」か,でなく基礎的・基本的知識・技能の習得と思考力・判断力・表現力育成の両方が必要。それぞれの力をバランスよく伸ばすための教科時数増と教育内容の改善・増加(現実的には「ゆとり教育」批判)。小学校に英語教育導入〕

 

~以上、文科省HP、「必携学校小六法」(協同出版)その他の教育書巻末年表~

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

こうして並べてみると、改定には、固有のキャッチフレーズやキーワードとともに一定の時代背景が関わっていることが分かるのですが、ここでは省きます。

 

 さて、今回(第8次改訂)です。前記『理科教室』の兵頭俊夫氏と民教連講演の白尾裕志氏は、今回の学習指導要領に一定の前進面があると評価しているようです。それは指導要領の根幹に関わるところでもあります。

 

以下、評価された諸点をまとめ、次に若干の考察を加えてみましょう。

 

1. 従来なかった「前文」の中に、「理念の実現に向け…教育課程の基準を大綱的に示す」とある。骨組みは示すが詳細はある程度自由という意味にとれ、画期的だ。

 

2.子どもたちに「何を教えるか」(教育内容)でなく、「どんな資質・能力」を育てるか」という観点から教育課程を編成する。その資質能力を①「何を知っているか、何ができるか」②「知っていること・できることをどう使うか」③「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」という3本柱に即して実現しようとする。①②③は各々、これまでの学力の三要素「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性・多様性・協働性」に対応する。未来を切り拓く力を育成するという観点から斬新。

 

3. このような資質・能力を育てるための学習として、「主体的・対話的で深い学び」がキーワードとなる。「アクティブラーニング」という活動的学習に上滑りしやすい用語をさけ、「対話的で深い」を強調した。「主体的学び」も子どもの自主性にのみ任せることでない。習得した学力を駆使して課題を発見し解決を模索することを目指す。そのためにも「対話」による深化が必要なのだ。このキーワードは「何を知っているか(知識・技能の習得)」「なにが出来るか(知識・技能の活用力)」を同時に追求する授業改善と授業観改革を迫っている。民教連に結集した心ある教師たちが常々主張し追求してきたこと。指導要領の土台となった答申に「我が国の教育実践や学術研究等の蓄積を生かしながら議論を重ね」とあるように、教員相互の自主的研究~民教連の実践等が正当に評価され、それを継承し発展させるものとして、指導要領の方針は決定したと考えられる。

 

4. 学習評価の観点の位置づけがすっきりした。現行では「関心・意欲・態度」「思考・判断・表現」「技能」「知識・理解」がこの順に学習評価の4観点とされてきたが、今回、「知識および技能」「思考力・判断力・表現力」「主体的に学習に取り組む態度」の3観点に整理されている。前者二つが伸びた結果として主体的態度育成(学びに向かう力・人間性等の涵養)が評価されるという筋道は合理的で正当なものだ。

 

5. 予測困難な社会(激しい技術革新・情報化、経済・政治的変動)にあって未来を見通し生きていくのに必要な力の一つを、「他者との協働の中で活用できる力」と捉え、学校と家庭や地域社会との関わりや協働、学校の開放性が求められている。学校は閉鎖的であってはならないのだ。カリキュラム・マネジメントは授業だけでなく学校教育の総体を包含する。

  

<以下、必要に応じて「学習指導要領」を「要領」と略します。>

 

1の「骨組みだけで詳細はある程度自由」というのは本当でしょうか。授業時数の増加等の教育条件の問題はさておき、25の実現のために、1時間1時間の授業から学校全体の教育課程に至るまで点検・評価・改善の体制を確立するのが「カリキュラム・マネジメント」です。「学習指導要領が目標に掲げる資質・能力を、要領が定める教育内容を通して要領が推奨する教育方法によって子どもたちに獲得させるべく教育課程をマネジメントせよ」。ここに、はたして自由があると言えるのか。校長も含め、教師たちをすさまじい多忙に導くことでしょう。一方では学力テスト対策があり、学校現場はいよいよ引き裂かれていくのではないか。

 

 3で述べられる民教連等の教育実践の評価はある程度その通りなのでしょう。先進的実践家たちは指導要領などない時代から、言われなくても「主体的・対話的で深い学び」を教室・学校の内外で実現してきました。それだけの蓄積が私たちにはあるし、「彼ら」も評価せざるを得なかったのです。しかし、だからといって今後「要領体制」が民教連の自由な実践を歓迎し保障するのか。あり得ないだろうと私は思っています。今後とも歓迎されるのはTOSSのような無思想というより無節操な体制順応の「技術主義」でしょう。

 

 4は、現行要領に私が常々疑問だって点です。基本的な「知」を土台にしてこそ「関心・態度」は育っていくはずなのに、学習指導案目標あるいは評価一覧表に「関心・態度」を真っ先にもってくる、このナンセンスさはたしかに是正されました。しかし、不合理と思っても「改めるように」との指示が出るまでは墨守する、この精神を植えつけたものこそ「要領体制」なのです。

 

 それしても2に挙げられている資質・能力に基づく教育課程改革が日本独特のものではなく、「先進」諸国に共通しているというのは考えさせられる点です。それは5「予測困難な社会(激しい技術革新・情報化、経済・政治的変動)」、換言すれば変化の激しいグローバル社会~市場で活躍できる人材には、それに柔軟に対応して創造的に力を発揮できる能力が求められているということです(これは白尾さんも強調)。従順なだけではだめだ、主体的・創意的であれ。そうしないと競争で優位に立てない。日本もこの国際競争に乗り遅れるわけにはいかないという体制の切実感。それが今回の「要領」に込められている。道徳ですら、徳目の教え込みでなく「能動的・主体的」に、あるいは「対話的で深く」学ばせることが期待されています。

 

 ただし、「体制の許容範囲内で」です。小倉さん配布の『南九州市スタンダード(授業構想)の活用にあたって』~「明確な指導観に基づく道徳授業の構想、主題設定の理由」に、「ねらいとする道徳的価値について、学習指導要領に基づき明確な考え(指導観)をもつ」と明記されています。その範囲のなかでの対話~深化です。

 

 最後に、このような「理想的な」資質・能力が本当にすべての子どもに期待されているのか。それは、ほんの一部のエリート、エリート予備軍のためのものではないのか、という疑問・確信があります。新要領に基づく教育でエリート層が選抜されて国を背負うべく育っていけばいい。他は「それなりに」放置されたり、学テの追試に追い回されたりすることになるのではないか(白尾さんは講演の最後「どんな仕事が生まれるか」で、産業構造の変化に伴う雇用の分極化にふれています。そのことと関わる問題でもあります)。しかし、そんなことを「要領」が公言するはずもありません。建前としては、あくまでも「すべての子どもたち」に期待するということです。

 

 ならばそれを逆手にとって矛盾を突き、すべての子どもに本物の力をつけるための実践を、小中一貫校導入などの学制改革その他の教育改革(悪)反対や教育条件整備、職場民主化のたかいとも結びながら構想し繰り広げることが、必要となってきます。その意味では、民教連の教育実践を大胆に押し広げていくことも、たしかに重要だと考えます。


第2回研究会報告 保育所保育指針改定−−−その批判的検討

  2回センター研究会が,628日(水)鴨池公民館第2研修室で開催され,参加者は10人でした。提起者は黒川久美さん(麦の芽福祉会)でした。

 このほど、「保育所保育指針」「幼稚園教育要領」「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」が同時に改定され、2018(平成30)年4月1日より同時施行される予定です。厚労省、文科省、内閣府をまたいでの同日告示(331日付)、内容においても三者の「整合性」が図られたと説明されています。子ども・子育て支援新制度(20154月)の施行から2年が経ち、これからの保育・教育はどのような道を進んでいくのでしょうか。麦の芽福祉会「むぎっこ保育園」園長でもある黒川氏が、新保育所保育指針について解説し、論点を整理されました。

 

 今回の改訂については、告示からまだ日が浅いこともあって、十分な検討・分析はこれからだといいます。そのなかで、保育の国際的な動向にも詳しい福島大学の大宮勇雄氏が早々に批判的検討を行っており、まず冒頭で紹介されました。大宮氏は、新しい「指針」の登場により、保育者の専門性が単なる「職責遂行のための専門性」へと矮小化され、保育者の自律性を制限するものであると批判しています。この議論を踏まえ、黒川氏は「保育所保育の教育化」を中心にいくつかの論点を提示されました。

 

保育所保育の「教育化」

 

 第一に、今回の告示で保育所が幼稚園・認定こども園と同等の幼児教育を行う施設として位置づけられたことです。特に、「指針」から「子どもの発達」の章が削除され、かわりに「教育」が強調されるなど、児童福祉施設としての保育所の位置づけが曖昧にされているのではないかと話されました。指針のなかでも、「保育の内容」から養護についての記述が消え、3歳以上児の「ねらいおよび内容」は幼稚園教育要領とまったく同一の記述になっているといいます。「養護」とは、「子どもの生命の保持及び情緒の安定を図るために保育士等が行う援助や関わり」であり、これまで保育の中心に位置づいてきた概念です。「指針」では、養護の具体的な内容項目が削除されています。このように、これまでの保育の思想や実践をないがしろにして、文科省主導の幼稚園教育に一任するような内容になっているのです。

  

幼児期から国旗・国歌を教え、国際的競争力を身につけさせる

 

 第二に、今回の新指針は、審議の当初から教育再生会議の議論に添う方向で審議がなされたということです(実際には社会保障審議会児童部門保育専門委員会での独自の審議は十分に行われず、幼稚園要領を追認するものだったといいます)。「指針」では、「環境」項目に「国旗」「国歌」への親しみが明記されていますが、「国家」という概念を持ちようがない段階の子どもに、国への従順を迫るという状況が現実のものとなろうとしているのです。

 

 他方では、学習指導要領と同様に、「主体的対話的で深い学び」や「思考力、判断力、表現力等の基礎」が言われ、小学校との接続強化・非認知能力の重視がみられます。非認知能力は、いわゆるIQなどの認知能力とは違って、学びに向かう「姿勢」や「意欲」といったもので、中教審幼稚園教育専門部会の主査を務める無藤隆も「これからの幼児教育のキーワードになる」と述べています。しかし、この背景には、国際的な経済競争力を身につけるという教育の国家戦略が見え隠れしています。

 

 このような新保守主義と新自由主義の政策が保育の現場に導入され、保育士にはPDCAサイクルに基づく実践が求められ、小学校入学時に送られる「保育要録」も国によって全国的に統一されたフォーマットで記述される可能性が出てきています。

  

小学校就学に向けた目標設定

 

 第三に、「指針」において「子どもの発達」の項が削除された一方で、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿が「子どもの小学校就学時の具体的な姿」とされている点です。幼稚園教育要領と同じこの記述は、結果として、保育の中の子どもを<発達の過程>のかわりに<就学の過程>として捉えることを促しています。では、小学校就学時の姿とはどんな状態を指しているのでしょうか。それは、保育園でただ楽しく過ごすだけでなく、「自覚的な学び」ができるようになること、つまり、与えられた課題に対して「学ばなくてはならない」「最後までやり遂げなくてはならない」という自覚を持っていることであるとされているのです。黒川氏は、「自覚的学び=主体的学び」とされていることを問題にして、豊かで主体的な学びは幼児期の遊びや生活の中でこそ育つのではないか、「指針」の底流にある子ども観は「未熟で、教えられるべき存在」というものであり、そこからは「大人の指示に素直に従う姿」しか出てこないのではないかと指摘されました。

  

私たちの手で「育ってほしい」姿をつくろう

 

 保育の現場では、このような準備期としての子ども観はすでに乗り越えられてきており、子どもは未熟ではなく「学ぶ意欲も能力も備えた学び手」であると捉えられているといいます。子どもは、夢中になって遊び、知りたいことを探求する、そして仲間関係の中で内発的に学びへの欲求を高めている、まさに「責任ある学びの主体」なのです。黒川氏は、かつては文科省も幼児期の固有性に根ざした関わりが小1プロブレムを解決するとしていたのに、今回は単なる準備教育に後退していると指摘します。そして、「私たちの手で子どもの豊かな姿をつくっていかなければ」と述べられました。保育士の資質が単なる「職責遂行のための専門性」に堕していくなかで、実践における目指すべき子どもの姿を軸に保育士の共同性を高めることが何より重要なのです。

  

<研究会での論議>

 

見えてきた保育所の縮小路線

 

 まず、話は近年の幼保一元化改革との関係で、幼児教育における保育所の位置づけがどのようになるのかについて話されました。すでに、「新制度」の下で保育所の認定こども園への大移動が起こっているということ、幼稚園の方も当初は様子見だったのですが、少子化のなかで早期に子どもを獲得するために認定こども園に鞍替えしているところが増えているようです。結果的に、管轄省の違いや幼稚園教諭と保育士の専門性の問題などを残したまま、現場での保育と教育の統合は進んでいると考えられます。その上で、今回の3指針・要領の同時改定による幼稚園教育への傾斜は、幼年期における保育所の役割を縮小するのではないかと考えられるのです。文科省において年長児から段階的に適用が検討されている「幼児教育の無償化」は、もしかしたらさらに保育所保育を教育に移行させる結果をもたらすかもしれません。しかし、そのことは、保育所のみならず、幼稚園や小学校以上における保育機能を低下させ、教育の制度化を徹底するものになりかねません。

  

教育のアベノミクス?

 

 続いて、今回の改定が示唆する能力観について論議されました。注目されるのは、発達論が消え、もっぱら資質・能力の列挙によって目標・内容が構成されている点です。発達論は、単なる能力の伸長だけでなく、危機を経験し昇華して自己を形成するという段階論があります。しかし、資質の一覧表からは、「できること」だけを目指し、評価する観点しか出てきません。これでは、目標は押しつけられるものに限定され、その中で格差を生み出すことにつながるでしょう。幼児教育に政権の経済政策が徹底されるかたちですが、参加者からは「幼児教育においてこそ国家主義は最も効果を発揮する」という発言もありました。

 

 小泉政権以来の教育特区において、グローバリゼーションを生き抜く人材育成を目指す株式会社立の学校などが出てきています。学力だけでなく、スポーツや芸術などで「逸材」を生み出す指向性も強くなってきています。また、近い将来AI(人工知能)が労働世界を転換すると言われる中で、これまでの公教育への諦観のような気運も生まれています。とくに、幼児教育では、個々の親の焦りや不安が駆り立てられやすい状況があるといえます。この情勢にどのように対抗していくのか、新指針で本当に創造的で深い学びが実現するのか、実はコミュニケーション能力の涵養とは逆の方向に進んでいるのではないか、今こそ「子どもの権利条約」に立ち返るべきではないかなど、さまざまな意見が交換されました。 

 

「職責遂行のための専門性」がもたらす危機

 

 参加者から、現在保育士資格を得るために通信教育を受けているが、実習がなく国家試験だけで資格が取れる現行制度に不安を感じるという発言がありました。今後、保育士資格と幼稚園教諭免許を持つ保育教諭の資格取得がより徹底されていくと予想されます。今回の3指針・要領の改定をみると、目標管理やPDCAなど実践者の職責遂行に重点を置いた資格制度が登場してくるかもしれません。そうなると、資格の取得は厳格化されるかもしれませんが(たとえば更新制導入など)、決して先の発言にある不安を解消するものにはならないように思われます。各校種の教員免許については、現在教員養成大学等において「教職課程コアカリキュラム」の導入が検討されており、学問的裏付けよりも国家による職責遂行の要請・管理が優先される事態が進行しています。教師や保育士が自らの実践に真に責任をもって取り組むためには、自律的・創造的な「専門職性」こそが重要ではないか、この点が最後に確認されました。


第1回研究会報告 通信制高校に見る貧困の実態

 今年度第1回のセンター研究会が,524日(水)鴨池公民館第2研修室で開催され,参加者は18人でした。吉竹さんは開陽高校4年目の勤務です。通信制であるだけに,生徒と会わないことも多く,独自に家庭訪問をしても生徒・家庭が見えないという現状を述べながら,最初に開陽高校通信制課程の概要を報告しました。 

 

①入学方法:前後期の二学期制で,4月入学と10月入学があり,定員は特に定めていなくて,基本的に全入になっています。

 ②学習活動:自宅学習が中心でレポートを提出します。テストに合格して単位修得となります。学校では面接指導(スクーリング)と特別活動があります。卒業の条件は次の3つ。(1)3年以上の在籍 (2)74単位以上修得 (3)特別活動に30時間以上参加 

 ③学年・クラス:基本的には単位制高校なので学年・クラスはないが,暫定的にAグループ(0~15単位修得者:卒業まで3~2年半) Bグループ(1644単位修得者:卒業まで2~1年半) Cグループ(45単位以上修得者:卒業までに1~半年)にわけ,40人程度を1クラスにして,教員32人全員が担任をしています。(生徒に会わないこともあり,独自に家庭訪問をしても生徒や家庭の状況が見えないのが実情です。)

 ④スクーリング:本校スクーリングと協力校スクーリングがあります。本校スクーリングは日曜(8回)と月曜(5回)ですが,深刻な不登校の生徒には,特別に水曜(6回)にも実施しています。

 ⑤必要経費:入学料(500円:県立高校からの転学者は徴収しない),受講料(8990円=1単位310円×29単位→就学支援金で対応),諸会費(8500円),教科書・学習書(17176→教科書無償制度あり),郵送用切手代(4000円弱),通学費

   実質的には,ゴチックの合計約3万円に通学費用が必要です。

 ⑥生徒の状況:201651日現在で総計1452人(男子;734人,女子;718人 約200人が在籍だけのDグループ)年齢構成は17歳が一番多くて320人,次が18歳の275人で10代の合計が1084人(約75%)です。定時制・通信制は働く青年のイメージがかつてはありましたが,全く様変わりしています。

 ⑦入学者数と卒業者数:2015年度の入学者数は534人です。新入生;198人,転入生(前の高校に在籍のまま転校);251人,編入生(前の高校を退学して入学);85人 転・編入生が合わせて336人(約63%)。転入学の理由は,「心因性の不登校」45.1%,「その他」47.9%となっています。その他の理由としては,「一家転住」「いじめ」「難病」「経済的理由」がありますが,生活指導問題が絡んでいる場合があります。

 

  2015年度の卒業生は374人です。入学時期がバラバラなので%では表せませんが,在籍3年で卒業できる割合は,転・編入生が約6新入生が約3です。卒業できずに「除籍」される割合は,転・編入生で2割,新入生で3割です。

  

 次に,貧困の視点から通信制高校の実態を見てみます。

 

①受講料(授業料)納入状況から見えてくるもの

 

 ほとんどの生徒は高校就学支援金(学び直し支援)を受給しています。そのうち生活保護世帯・非課税世帯が2割弱です。授業料納入の生徒数が意外と多い感じを受けます。(書類が揃わなかった例や,受講料が安いので面倒な手続きをするより授業料を払うという例があると説明)

 

②あるクラスの例 

 A:不登校 56.5%  B:一人親 58.7%  C:単位未修得 50

  AB重複:32.6%,AC重複:30.4%,BC重複:26.1%,ABC重複:13.0

   ここには複合した要因を抱える生徒の実態がうかがわれるように思えます。

 

最後に 通信制高校,これからの課題 を提起しました。

  まず,吉竹さんが通信制高校に勤務しながら,新しく“発見”したこととして2つ挙げました。

  一つ目は,Aさん(中学校時代不登校,全日制高校に入学するも教室に入れず,通信制高校に転学)の話。 

「自分と同じ年の人たちが,制服を着て高校に通っている姿を見ていると,焦ります……。」 

このことばを聞いて,転学して通信制高校で頑張って学習活動に励んでいても,「全日制高校に行けない自分はダメだ!」という強い思い込みを持っており,子どもたちは自己肯定感を持てていないのだ,と改めて気づいた。 

二つ目は,Bさん(長期の不登校でほとんどの単位が未修得)の親の話。 

「Bは学校に行けていないかもしれないけど,開陽通信に在籍することで,社会とつながっていると感じているのだと思います。」 

このことばの中に,高校に「在籍」するということで,「社会とのつながり」が持てているのだ,そこに開陽通信制の役割があるのだと吉竹さん自身が改めて感じることができたと述べています。 

「レポートを出さない」「スクーリングに来れない」のはダメな生徒という価値観の転換を迫るものです。 

(かつて阪神淡路大震災の時,子どもたちと再会した教師たちが共通に獲得した認識があります。「子どもたちは,学校に通ってくるだけでいいのだ」と。大震災の前は,勉強をしない。校則を守らない。言うことを聞かない等々,多くの要求を子どもたちに突きつけていたが,いざ大震災に遭うと,そんなことはどうでもいいことだ,命があって無事に学校に来れることが最も幸せなことなのだ,と改めて気づいたのです。吉竹さんの認識もこれと同じではないでしょうか。) 

 そのようなことを考えながら,開陽高校通信制の役割は何かを改めて考えてみると,次のような課題が見えてくると,吉竹さんは言います。 

 通信制高校の大きな特徴は「いつでも,どこでも,誰でも学べる」です。成人している生徒も多いので,学び直しの要素も大きい。多くの生徒が全日制に通っている現状で,通信制高校に来る生徒は何らかの負い目を感じている生徒が少なくない。不登校・発達障害・貧困など,家族関係を含めて複雑できびしい背景も見え隠れしている。そのような生徒たちに,自分の人生をポジティブにとらえ,自己肯定感を高める関わりをどうつくっていくのか,が課題として立ち現れている。 

 では,具体的にどう取り組んでいくのか?2016年度から始めたものとして,①「聞き合う会」として,悩みを共有する保護者の会を年3回開催、②教育相談会を年3回実施、③福祉施設等との連携 

さらに,スクールソーシャルワーカーの配置や開陽高校内の専門スタッフをどうするかが課題として浮かび上がっている。 

生徒へのアプローチで,通信制では電話が通じないと連絡が取れない。何とかしようとすると,家庭訪問となる。ほとんどは玄関先での対応であるが10軒に1軒ぐらいは家に上げてくれて話し合いができる場合もある。しかし,その場合ほとんどは勤務時間外になる。はたしてやれるのだろうか?

  

【質疑応答・意見交換】

 

1 授業料納入の人数が多いのでは?   書類未提出が原因か

 

*就学支援金の受給資格を得るためには申請が必要です。市町村民税所得割額が304,200円未満(おおむね年収910万)です。以前のセンター研究会での報告では,「証明書を取りに行く時間がない」「申請代がない」などが挙げられていました。

 

2 不登校と生活保護・非課税世帯との関連は? 

 

クロスしていないので,正確には答えられないが,「身上調書」「家庭訪問」では,相関関係が強いのではないかと思う。家庭訪問をするとき,表札・呼び鈴がなかったり,「〇〇さんの家はどこですか?」と近くで尋ねたとき,近所つきあいが薄いと感じたりする場合がある

 

3 中高の連携は?  

 

「学校説明会」はあるが,詳しく話す場はない。

 

 *開陽高校の場合は,学区がなく全県的に集まってくるので難しい。さらに,進学した全日制高校からの転・編入が多いのでその点でも,子どもたち一人ひとりの情報が共有されにくい。

 

4 卒業後の進路は?

 

大学進学が2030人で約1割の生徒。就職指導はなし。現実には,ハローワークに行かせてそこでの求人票を利用している。

 

5 福祉とのつながりとは? 

 

 発達障害を持った子どもについて「子ども療育センター」とつながったことで福祉制度の適用を受けることができ,高校生活を続けることができた例がある。

 

6 今の課題は?

 

 ①「聞くこと」で,生徒・保護者の重荷を聴き取る。 

 ② 3人のスタッフで動くことが先決←「教育相談」も職員会議では最初反対だった(仕事量が増える)けど,今年から始めることができた。しかし,貧困家庭は教育相談には来ない現実がある。また,「聞き合う会」も,我が子の不登校を受け入れた親は参加し,同じ問題を抱える親同士で話ができるが,不登校を受け入れない親にとっては参加しづらいのではなかろうか。 

 ③諸制度があることを知らせる。

 

7 協力校での実態は? 

 

  自習監督が大部分。学習支援の具体化 や「授業」改善が課題になっている。

  

その他の意見として,

 

①小学校の不登校が増加している。さらに「発達遅進児」も増大している。

 

②教員にとって「授業に来れない生徒」が 課題では。

 

③貧困・家庭を探るより,自立支援を強化 した方がいいのでは。

 

④高校に生徒・職員の巡回相談を。

 

⑤スクールソーシャルワーカーの配置

 

などが出されました。

  昨年1年間,「貧困」をテーマにセンター研究会を開催してきましたが,前回のひまわり共同保育所の愛甲さんの提起にもありましたが,教育が福祉とつながることの必要性が明確になってきたように思えます。学校が地域の拠点として再生する方策の一つとして,地域の子育て・教育のセンター的機能を持つことが求められているように思います。学校に,教員だけでなく,スクールソーシャルワーカーが常駐し,種々の病院・福祉施設とつないでいけるような機能を持つことが大切です。教育と福祉の結合は,その姿を示しているように思えます。


16年度

第6回研究会報告 乳児期における貧困

 

1月25日(水),鹿児島子ども研究センター第6回センター研究会が16名の参加のもと行われました。愛甲明実さんが,「乳児期における貧困」のテーマで,園での3名の園児との長年にわたる関わりの様子を報告し,課題を提起しました。ここでは「Mくんのこと」を中心に研究会の様子を報告します。 

 

愛甲さんの提起より

 

1.今更ですが認可保育所は,児童福祉施設

 

 認可保育所とは,児童福祉法に基づく児童福祉施設で,国が定めた認可基準をクリアして都道府県知事に認可された施設。保護者が日中に仕事や病気などで「保育に欠ける」状態でないと入園できない条件がある。2年前の制度改革により,管轄が厚労省から内閣府に移る。母子家庭の入園希望も多いが,はじかれている感がある。

 

2.Mくんのこと(家族関係はMくん基点)

 

 鹿児島市保健センターより連絡があり面接。1歳半であるが,まだ歩けない。「歩かせない」からなのか,「歩けない」のか判断できない。1週間一時預かり(2,000/日)を行う。

 

 母親は,精神障害があり,デイサービスを週2回受けている。父親不在で,障害年金で生活するが,料理ができず宅配弁当で生活している。祖父は運転代行業・祖母はパート。おじ・おばも同居し,ひしめき合って生活している。  

 

 Mくんを預かり,1週間で歩行可能になり,水をコップで飲めるようになった。経験不足からの発達遅滞であった。15日間の入所手続きを行い入所へ。しかし,祖母が病気になり,孫の世話ができなくなる。収入が減り,祖父の収入だけでは,生活が困難になる。おじ・おばも非正規社員で,収入が不安定。おばが妊娠するが,認知してもらえず祖父に預け働きに出る。家賃も6ヶ月分滞納になっていた。

 

 母子世帯が2つになり,母子世帯用の貸付の手続きを行う。Mくんの療育手帳を取得する。さらに年金がもらえるように手続きを協力してとる。

 

 祖母,余命1年となり,祖父が行き詰ってしまう。入所の手続きを行う。祖父は,母親にMくんの世話をさせようとするが,母親が不安定になりDVを起こすようになる。入院させようとするができず,年金を利用してのグループホームへの入所の手続きを行う。紙おむつも不足がちで,紙おむつを募って提供したりした。その内,祖父も倒れる。検査のお金がなく,子どもも預けられず検査にいけずじまい。こんな状況の中で,子育てが行われていった。

 

 3歳までは,保育所で弁当を出せるため,土日を除けばMくんは何とか生活できるようになる。祖母が亡くなり,祖父は母親に子育てをと,取り組むができず,ホームヘルパーを入れる。ご飯を作ることが可能にはなるが,材料が自宅になくご飯は作れない。お風呂・その他でヘルパーの手助けを得ながらの生活が続く。祖父が子育てを頑張るが,遠足のお弁当はウィンナー2本だけとかの状況。保育士たちが余分に弁当を自前で作る。キャラ弁を作ったりコンビニ弁当を詰め替えたりしながらなど, Mくんの生活を支え成長を支援し,小学校入学までこぎつける。

 

 小学校へ入学するが,学用品をそろえることがなかなか難しい。祖父たちの真面目な生活態度のおかげで,2ヶ月前までに連絡すれば年金を取っておきそれで購入することができるようになった。入学用品も全部申し込むが3万円近くの支払いはできず,学校長に相談をする。すると,すぐに標準服・体育服・シューズ等を揃えてくれた。また,保健センターよりランドセルが2つ届いたりした。

 

 祖父たちの生活・子育てはとても堅実。保育料は無料なのだが,写真等の購入等があると,年金から購入していた。保護者会の活動費はバザー等の売り上げで捻出しているが,購入は任意なのだがそんな時も,3,000円の品を購入し,3日間バイトをし,お金を支払ったりしていた。園の奉仕作業なども積極的に取り組んでいた。

 

 おばは,「もう一人出産したい。」と祖父に相談。園からは結婚を勧めて,結婚し子どもも認知され,生活も安定してくる。祖父とは,園長が相談に乗り年金需給で生活が安定してきた。

 

 Mくんの療育手帳変更時期になる。手もあまりかからなくなってきているためB1認定は難しい条件だったが,周りの援助でB1認定をとることができた。 

 

 ※ この後,Eくん・Oくんの事例報告もあるが,ここでは割愛。

 

「子どもの貧困は,おとなの貧困の問題である。」をまとめとして報告を終えた。

  

3.質疑・応答

 

QMくんとの関わりはどのくらい?

 

A5年くらい。祖父の気持ちとしては,卒園を機に園とは離れたいと思っていたが,現在もつながっている。

 

Q:学校での入学式用品が一式そろったのは?

 

A:地域の人のバックアップを貰っている。小さい学校だが,校長先生が一人っ子の家庭に電話して,そろえてくれた。

 

Q:保育園での予備の弁当は?

 

A:キャラ弁当等,少しずつ交換し合って揃えている。職員が持って来られない家庭の子を予想し,職員同士で確認しながら,子ども用と職員用を持っていく。自前で。

 

Q:他の園では,「問題があるから。」となぜすぐ入園を断るのか。そんなことがあっていいのか。

 

A:体制がとれないなどの理由で,断っていい。障害があるとまず保育園に相談し,許可がおりたら入園する。そのことを隠して入園してくる子が出てくる。現在6名いるが,最初から分かっていた子は一人だけ。他は,つながりをつける中で分かってきた。糖尿の子が一人いたが,看護師を一人雇うことで入園を可能にした。認可外の保育所もあるが,お金がないと入ってこれない。

 

4.協議

 

※ 保育士のネットワークの努力でつながりをつけているが,私たちはこれからどのような形で支援ができるのか。

 

・セーフティーネット作りの努力が大事。

 

※ 保育所の中で,全体を見渡せる人は?情報の共有,セーフティーネット作りをどのように取り組んでいるのか?

 

・全体は私・園長(愛甲)が見渡しているが,相談を受けてくるのは保育士。Mくんの状況を保育士が見て,園長に連絡し,保護者と相談をする。それを月一回全職員で共有している。どこまで情報を公開していいかどうかは相談に立った保育士が確認を取るようにしている。子を取り返しにくるなど,全員職員が知らないと対応できない問題もある。

 

・職員全員で,方針を共有しあう。プラスもマイナスも含め,職員で共有し合い喜び合っていることが,職場の大きな励みになっている。

 

・このような体制が学校ではなかなかとれず見て見ぬ振り。学校はもっと保育所を見習うべき。

 

※「つなぐ」ことについて 情報を知らないことには,つなげないのだが。

 

・私は,保育士ではなくソーシャルワーカーなので,前園長と相談し,ソーシャルワーカーとして園に入った。園長は,ソーシャルワーカーとして親支援の仕事が求められる。

 

・「ソーシャルワーカー的な仕事もできなくては」と,国も言い出しているが,現場に丸投げの状態が実情。

 

※財政的問題:職員の給料やミルク代など財政的な問題をどうしているか・

 

・保護者会を風通しよくし,民主的な運営をしながら互いの家庭状況を把握し合い,認め合っていくことが大事。カンパ・寄付も多い。関係性を大事にしていくことで「いいもの探し会」(保護者主催の10円で衣類が買える会)などが開けるようになった。園がお母さん同士をつなぐ仲立ちになり,「お下がりルート」も出来上がっている。素直に貰う家庭と嫌がる家庭とあるが,「抽選会」などを大々的に実施し,その家庭に回るように工夫したりしている。「自由にお持ち帰りコーナー」等,卒園児が持ってくる。

 

・「3時のおやつ」をご飯的なボリュームにし,「食」が持つようにしたり,「食育」「災害時の料理の仕方」を親子で行ったりもしている。

 

※「そんなことやるから,親が甘えるんだ。」「子どもの年金があるから親が働かなくなるんだ。」等の声に対して。

 

・「理念」で共感し,「貧困の問題」があってなど,様々な考えや状況で入園してくるが,まず,職場で「情勢の学習」をしっかりと取り組んでいる。法人で学習をやり職員でもやる。研修体制をしっかりと作り,社会で起きていることを学び合い学習会や署名活動などにも取り組んでいる。同窓会を立上げてもらい資金作りもし,不足分はそこから出してもらったりしながら,職員を学習会へ送り出したりもしている。できるだけ多くの人が関わりあえるようにしながら,そのような取り組みをつなげている。そのような中で,Mくんの母親が自分の精神障害の件も語れるようになってきた。

 

・園の合言葉として,「クラスのせいにしない!」を掲げ,何かあったらみんなの責任で,保育の意識を持ち合って取り組むようにしている。

 

※「情勢学習」を運動体ではなく職場でやれるところがすごい。

 

・「運動も職務です。」署名を取りながら「情勢」を語り,地域の保育園を回っている。その結果「情勢の学習」を地域の園でもするようになり,地域の様子も変わってきている。

 

・「社会福祉を解体しようとしてきている」この動きに抗う「麦の芽」,これが風土になってきている。

 

・園長の職員面接時にも必ず言うようにしている。保護者にも言う。若い職員は情勢学習の会に出張で業務の一環として参加している。

 

※「卒園後の関わりの継続」

 

・永遠の研究テーマの一つ。「子どもが自分で歩いていけるところが保育園」の考えの下,園長を引き受けている。「ケースをつけている」ので,卒園後もすぐ対応ができ,つながりが付けられる。卒園後のつながりを大事にし,切らないようにしている。「生活の視点を丸ごと大切にするのが保育」を大事にしている。この視点は,学校にも求められている。

 

※「スクールソーシャルワーカーとカウンセラーの違い」

 

・「ご飯を食べさせてくれる。」「いろいろなつながりを持っている」「親の就職の斡旋」など。学校でももっと理解を図り,活用して欲しい。

 

5.感想

 

・こんなあったかい話を聞いて,小学校がなんと寒々していることかしら。

 

・卒業する娘が「園の先生を呼びたい。」の意味がよく分かった。「障害そのもののこと」でなく,「生活そのもの」に課題があることを大事にしていきたい。

 

・情勢を学ぶことで,子どもの生活を真に想像できる。

 

・この取り組みは,一時的に囲うのではなく,「本当に守る。」「見えないものを見る。」そんな取り組みだ。

 

・「生活指導」と「生徒指導」がよく出るが,「生活指導」とは学習指導を含んだ生活指導で,「子どもたちを丸ごと捉えた指導のこと」だが,このようなものが学校現場からどんどん失われてきている。改めて,「子どもをまるごと捉える」ことの重要性を認識させられた。

 

・システムの課題を感じる。職員の意欲だけでなく,システムとして取り入れていくことが情勢の共有にもつながっていくのではないかと感じた。

 

6.報告者の感想

 

 小学校の教師として,反省させられることばかりでした。学んだことを下記に記します。

 

① 長いスパンを持って,子ども・親・地域と関わり続けることの重要さ。

 

② 本当の「子どもを丸ごと捉えること」の姿とは何かを学べた。

 

③ 「情勢学習」の重要性とそれをシステムとして園の職務に入れていることのすばらしさ。それを学校の中に,どう入れ込むか。

 

④ 学校でも,この園のような「スクールソーシャルワーカー」的な仕事の一端を担う職務が必要。校長が担うべきだが,現状ではそれは無理。長いスパンで子どもたちを見ていっている養護教諭がふさわしいかも。担任と養護教諭の連携が現状を少しでも改善し,「丸ごと捉える」手助けになりそう。

 

⑤ 「子どもの貧困は,おとなの貧困の問題」その元凶は何か。「情勢学習」がさらに重要に。


第5回研究会報告 就学支援金と給付奨学金からみえてくる高校生の実態

  5回センター研究会は,1026日(水)鴨池公民館第2研修室で開催され,参加者は16人でした。「就学支援金と給付奨学金から見えてくる高校生の実態」をテーマに,高校教諭の堀切博子さんが提起しました。提起の内容は次の通りです。

  

1 高等学校等就学支援金制度と高校生等奨学給付金制度の説明

 

高等学校等就学支援金制度の支給対象者は「市町村民税所得金額が304200円(年収910万円程度)未満の世帯の生徒」で,公立高校全日制は月額9900円,定時制は月額2700円,通信制は月額520円支給。

 

高校生等奨学給付金制度は「低所得世帯の授業料以外の教育費負担(教科書費・教材費・学用品費・PTA会費・修学旅行費等)の軽減を目的とした返還不要の給付金」で,生活保護受給世帯・非課税世帯が対象。奨学給付金支給対象は,厚生省国民生活基礎調査の貧困ラインを下回る。

  

2 ある地区(10校)の就学支援金受給生徒数・奨学給付金受給生徒数を調査して分かったこと

 

①就学支援金は1校(88%)を除いて受給率90%を越えている。ほとんどは97%以上。

 

②奨学給付金はおおよそ10%~40%だが,進学校より専門高校の方が受給率は高い。鹿児島では5人に1人が貧困状態にあると言われているが,いくつかの高校がそれ以上の貧困状態にある。親の経済状況と子どもの学力に相関関係がある。

 

③申請に必要な課税証明書をとるお金がないという家庭,現在失業中であるのに,昨年度の課税証明書であるので,給付金が受けられない家庭などがある。

 

④ほとんどの生徒が就学支援金を受給している現状で,申請時の保護者負担、煩雑な事務手続き、非常勤職員の雇用などの問題点を考えると,以前の授業料無償化の方が良かった。

  

3 高校生の実態

 

3人の例を挙げて説明。食事が米だけだったり、バス代がなくて学校に来れなかったり,困窮状態で今後の生活の見通しが立たないなどが出されました。スマホを持ち,他の子と何ら変わりはなく普通に日常生活を送っているように見えるところに,貧困が見えにくい「相対的貧困」の問題点があると指摘。 

 

4 入学年度に必要なお金

 

全員が必ず購入しなければならないものだけで,175310195085円。遠方から通学する場合バス代も必要。

 

5 最後に

 

教職員は「勉強が出来ないのは君の努力が足りないせいだ」とよく言うが,子ども自身の家庭状況は非常に複雑で,その事情を知ると「授業どころではないな」と思うことが多い。勉強が出来ないのはその子のせいではないのだ,この状況は大人が何とかしなくてはいけない問題だと改めて感じる,とまとめて報告を終わりました。

 

 意見交換

 

①バス代に関して

 

・バス路線が廃止されることで,通学手段を失うが.「学校では対応し切れていない」

 

・学校統廃合の影響。統廃合当時はバス通学の援助や補助等に取り組むが数年で終了する実態がある。

 

・鹿児島から追い出されて地方の高校に通うとバス代がかかる。(年間20万以上)

  

②「貧困」の内容

 

・「学力」と「貧困」はみえてきやすいが,「友達関係」「生活スタイル」と貧困の関係はどのように見えるのか?貧困で排除されることはないのか?

 

→3人の例でも,周囲と同じ状態でよく見なければ貧困に気づかない状況だが,家庭訪問で「本がない」「片付いていない」などが見えてくる。また,「家で何してる?」と聞いたとき,「TVやゲーム」でなく「何もしてない」と答えるとき,「生活の規律が出来ていない・無為な生活を送っている」と感じるときがある。

 

・大阪沖縄の調査でも,スマホ・ケイタイは貧困層の方が所持率は高い。スマホ・ケイタイは生活必需品。電気が止められていても,音声通話は出来ないがメール・ライン等はWiFi環境下で使える。

 

・貧困がどこで見えるか?

 

「美術・絵が好きだけど美術館に行ったことがない」「沖縄平和学習の旅の5000円がすぐ出ない。バイト代が入ってから」「部活の加入が低い」

 

食べ物がなくて「お金貸して」

 

・「貧困対策推進法」「子ども若者育成推進法」では「憲法・子どもの権利条約に基づき」とあるので,物的条件と共に「優しく子どもに接する」必要がある。

   

③奨学給付金

 

・奨学給付金は7~8月申請。12月に給付のため,必要な時間に合わない実態がある。

  

④お金がかかる

 

・修学旅行、県内で数十人修学旅行に行けていない実態。

 

・修学旅行は1年前から積み立てが始まる。「学校は思った以上に金がかかる」

 

・学校に納める金が,専門高校で4~5万円,進学校で10万程度かかる

 

・大学でも授業料未納での退学がおきている。

 

・高校の先生は一般に「貧困」を意識してない現状がある。模擬試験・問題集・検定などお金がかかるように仕向けている。

 

⑤親との関わり

 

・保育所では,子どもだけでなく親との関わりを積極的に進めている。そこに来ている親子をしっかり受け止めることが大切。

 

・親も困難をかかえている。

 

・子どもの貧困は親の責任という考え方が強い。自己責任論が増大している。

  

⑥支援の在り方

 

・(参加されたFPの方から)生活保護世帯のレベルでは「手を挙げる制度」が出来ている。しかし、生活保護一歩手前の世帯には「手を挙げられない」現実がある。民生委員も気づかない状況。そのときフィナンシャル・プランナー(FP)が,将来の生活設計について相談に応じる。日本FP協会では,空き家・貧困・医療費の取り組みが始まっている。

  

その他,ユニセフの分析・勧告,生活スタイルが学校中心に追い込まれている,生活保護の制約,医療扶助のありかたなど,いろいろな意見が出されました。

  

最後に,堀切さんから3点。①「守秘義務」があるが,報告しないと理解されない。②教師として,生徒たちに「努力が足りない」と責める前に,「優しく接する」ことが大事。③「共に生きる社会」を目指し,社会に訴え「生き抜く力」を身に付けることが必要。

  

119日の南日本新聞に,研究会に出席した上山記者の署名で「子どもの貧困深刻・県立高校教諭報告」として,取り上げられています。こちらもご覧ください。


第4回研究会報告 かごしまの子ども33号合評会

 第4回子ども研究センター例会は9月28日(水)鴨池公民館第2研修室で開催され,11人が参加しました。 

 

先ず3名の方から話題提供していただき,その後フリーディスカッションを行いました。司会は大平政徳さんでした。

 

 二川さんは〈用語解説〉に執筆された「『性の多様性』を教育課題に~LGBTに学び,自分が多様性の中にいることを自覚できる学習を~」を補足も加えながら語られました。執筆者ご自身の生の声で内容を伝えてもらうことで,より理解が深まったように思います。「『性の多様性』を教育課題に」の補足として,

 

・クラスに必ずいるLGBT…ある調査では13人に1人の割合。

 

・「オカマ」という言葉を使う子どもたち…それにより傷つく子どもがいるはず。どう教師は対応するか。

 

・今の教科書には出てこない…シスジェンダー・異性愛が前提の教科書「思春期になると異性への関心が高まる。」という記述。これに対して,二川氏は「思春期になると,とっておきの友だちを見つける。その中には同性もあるし,異性もある」と子どもたちには語っているということです。

 

LGBTの解説に終わらせない…「LGBTについて知り,その困難な状況を理解すること」を目標にするのではなく,性の多様性について知ることが目標となるような学習が求められる。すなわち私たちは多様であるということを学ぶことを大事にするということです。

 

 久保さんは,a柏智氏の「子どもの心とからだ~しのびよる新しい危機~」,b矢田部史崇氏の「被曝回避を続ける日々 原発事故と自主避難」,c岩井浩英氏の〈用語解説〉「新たな専門職『スクールソーシャルワーカー』」の3本の論考を中心にコメントされました。

 

aでは「警戒的過覚醒状態」=「怯え,周りを気にしながら」「いつも脳内は活動し続けている」状態にある子どもたちがいるという調査結果に関して,「安心しておしゃべりができる時間と空間が必要」だという柏氏の指摘に賛同するとともに,大人たちにとっても必要ではないかと付言されました。

 

bでは川内原発を抱える鹿児島に暮らす私たちにとって他人ごとではないという感想が出されました。

 

cについては,ご自身の子どもさんの経験から,親・子と学校,関係諸機関をつなぐスクールソーシャルワーカーへの期待が述べられました。

  

 内山さんは,「食の風景 十人に聞きました」のところで,世代別に語られた食の風景から,食の歴史も振り返ることができて,興味深かったと話された上で,それに触発されて,大学の授業で学生たちへ食の問いかけをした結果が報告されました。「あなたにとっての思い出の食事は何ですか?」という問いにこたえた学生のうち14名分が紹介されました。「幼稚園の頃,クリスマスに母が作ってくれたかぼちゃのポタージュ…」「家族でお祝いする時,祖父母やいとこも集って食べた,母の手作りのお好み焼き…」等「共食」のエピソード,「卒業式の日に友人と食べに行ったからあげの味…」「弟が県外に出ていく前に,家族全員で外食に行った…」等「喪失感と食」,「亡くなった母が最後に作ってくれた料理…」等「親の死と食」等々。内山さんは「一口に思い出の食事といっても,多様なこたえがあった」と述べておられます。

 

人とのつながりの中での食事ということはどの学生のエピソードにも共通しているという発言もありました。

  

 ディスカッションでは,二川さんのLGBTに関わって,例えばQ「子どもはいつごろから違和感を持つようになるのか?」(→A「かなり低年齢時期からのようだ」)等の質問や,薩摩の歴史と同性愛等についての意見がいろいろ出されました。

 

 次いで,人間にとっての食をどうとらえるかについて,33号は多角的視点から深めさせてくれる内容であったことが,参加者の発言から確認することができたように思われます。「食べることは人間にとって生きる喜びを共有する場であるはずのもの」,「子ども食堂の取り組みで『みんなとおしゃべりするのが楽しい』という子どもからの声があがっている。“一緒に食べること”ここに子ども食堂の意味があるように思う」,「家庭における生活全体の中での食事,すなわち『食卓文化』は子育てにおける軸足になるのではないか」「人間発達にとっての食文化についての議論を深めたい」等々。 

 

3本の実践記録についても若干の意見交換がなされました。最後に,用語解説において参考文献を挙げることを検討してほしいという発言がありました。ところで筆者の私見ですが,今回の用語解説で取り上げられたテーマは,用語解説には収まりきれない内容のものが多かったように思います。これも含めて今後どうするか,検討していきたいと思います。


第3回研究会報告 貧困はあなたのせいですか ~自己責任論を乗り越える

  第3回子ども研究センター例会は727日(水)鴨池公民館第2研修室で開催され,30人が参加しました。

  

3回目は青年期における「貧困」に対する考え方を取り上げました。表面的に見ていたら「貧困」が見えにくくなっている現状で,どのように貧困が進行しているのか,中俣勝義さんに問題提起していただきました。

 

 中俣さんからは事前に「貧困によって抑え込まれた感情(情動)を綴ることによってどう解放していくか。また生まれてこなければよかった,私は必要とされない人間なんだと苦しむ学生に,どうしたら生きていていいんだよというメッセージを送ることができるのか。生活綴方の力がいかんなく発揮された報告です。書くことでお悩みの先生方,子どもたちの本音に迫りたいと思われるお父さん,お母さん,ぜひ聞きに来てください。」とメーリングリストに案内がありました。

 

 当日の参加者は30名(うち,高校生1名)と子ども1人。甲南高校2年生は,facebookでのイベント告知を見て来たとのことで,終了後も子ども食堂について熱心に質問していました。

  

 中俣さんは,高等部看護学科専門課程の学生たち150数名に,前期は『蟹工船』をテキストにした文学を,後期は,中俣さんが教えた子どもたちの作品を収めている冊子をテキストに教育学を教えています。そのどちらも,現代の問題と絡ませて講義し,学生たちにレポートを綴らせていきます。

 

  学生たちの9割が病院奨学金を借りており,卒業後5年間は契約した病院で働けば,返済の義務はなくなります。その奨学金を受ける学生の多くが母子家庭の子どもです。

  

1112年度の実践から  ~感情を持つことと物象化~

 

  父の暴力におびえる中で育った学生は,自分には感情が足りない,感情を表出することができないと認識し,自分の気持ちに対してどうでもいいというと思うことが当たり前だった学生は,自分の思いを紙にぶつけることで,「自分の感情を持つことを覚えた」と綴ります。そして「素直な気持ちを相手に伝えることで,少しずつ心が明るくなっていくような気がしました。」と書くに至ります。そうして,暴力をふるっていた父の背景に貧困からくる,様々なストレスがあったのだろうと思いいたります。

   

 中俣さんは子どもの思いに向き合い,「ダメな自分でいいんだよ」とメッセージを送ることで,子どもは自分の思いに向き合っていくのだとおっしゃいました。

 

 父の失職で学費を工面することができなくなり,どうしても自分の将来をあきらめたくなかった学生は,体を売る決意をしたことを綴りました。この問題に中俣先生は向き合い,同級生の「何も気づいてあげられなくて,何もしてあげられない自分が悔しい」という言葉に考え方が変わっていきます。そして自分の問題に真剣になってくれる先生や友だちがいるとわかったことで,前向きに考えられるようになっていきます。

  

13年度の実践から  ~貧しさはあなたのせいですか?

 

 この年度の学生の,『蟹工船』を読んでのレポートは,貧困に関するものが多くありました。

 

  中俣さんは,綴ることを通して,それを乗り越えさせようと考えました。

 

 自らの貧しさを綴った同級生の文章を読んで,学生たちは,自分の置かれている境遇を綴るようになっていきます。貧しい暮らし,つらく苦しい暮らしを「汚い」,聞く人に「いやな思い」をさせると思っていた学生は,つらいのは自分だけではない,「貧しいことは恥ずかしいことではない」と気づいていきます。

 

 最後には「だれかが動かなければ変わるものも変わらない。」「この物騒な社会を変えるために動こうと思います。」と書くに至ります。ここに,自己責任論の網に絡まれた貧しさを乗り越えようとする姿があります。

  

 中俣さんは,「貧しさはなぜなのか」を追求することに青年をたちあがらせていき,社会的連帯をつくることが大切だと考えて,このような実践をしています。現職の教職員には,労働者を扱った文学を紹介して欲しいとおっしゃいました。

  

15年度の実践から  ~内部矛盾から社会的矛盾への目覚め~

 

 この年は,安保法制を巡って学生たちが社会問題に目覚めた年です。

 

 留年した学生にとって,綴ることが自分を振り返ることになり,成長していきます。さらには,講義で学んだ社会の状況や問題について深く考えることで,社会的矛盾にまで目が向けられるほど成長していきます。

 

 貧しさが自己責任ではないことがわかると同時に,それが社会的な問題だと気づいたことで,学生たちが現代社会の問題について声を上げ始めています。

  

 中俣さんの問題提起を受けて,活発な意見の交流がなされました。

 

 子どもの側はプライドやうまく表現できない状況があります。教職員は,子どもたちの不登校や荒れの背景には貧困があると考えるべきですが,現場は評価制度で競争を強いられているという問題が出されました。

 

 福祉制度とつなぐために,保護者の離婚の場合,(転校や苗字の変更)の際には,制度を教えていくことが大事ではないかという意見も出されました。一方,制度を利用するための申請の際の書類を取るためのお金(300円)を払うことができないという現実も報告されました。

 

 子どもの自立を支援するためには,食事支援と学習支援の両輪が必要ですが,現実を知って支援をしたいという,子ども食堂などの動きも出ています。 学校が情報を出していくと同時に,様々な人が,立場や所轄を越えて連携することが大事との意見が出されました。


第2回研究会報告 保健室から見た子どもの貧困

 第2回センター研究会は622日(水)鴨池公民館第2研修室で開催されました。参加者は2人の子どもを入れて20名でした。 

 

<提起者のレジュメより> 

1 保健室で見えてくること(からだへの影響)・制服・体育服の使用感・色・におい・髪の毛・メガネのこと・治療のこと

2 朝ご飯のこと・夕ご飯のこと・ねる時間のこと

3 ネットにはまり込む子どものこと(きもちへの影響)

4 これからどうすればいいのか分からない私のために・社会的な保障制度の確立,関係諸機関との連絡はもちろんのことですが… 

 

いまから私の話すことは,どの学校でも起こっていることだと思います。

 子どもの貧しさは,制服や体育服にあらわれます。冬ならともかく夏場は1~2週間も同じものを着ていると,色や汚れもですが,何より臭いが強烈なものになってきます。醤油で煮しめて腐ったような…。時には保健室で洗ったりもします。そんな子は,あごの辺りに黒い汚れがこびりついたりもしています。ずっと風呂に入っていないのです。気付いたことは担任に言うようはしているのですが…。

 ケガをしてもそのままという子もいます。ある子など<突き指>をした時「病院に行った方がいいよ」と言って帰したのですが,翌日登校時に見てみると,治療を受けるどころか関節が青黒く腫れ上がっていました。

 「お家の人は何と言ったの」-「お金がないので病院には行けないって」…。

 視力検査で0.7以下だと「医者に行って診てもらいメガネをかけた方がいい」という指導なのですが,メガネは値段はとなるとかなり高価なものです。歯の検査でも虫歯が見つかると,歯医者さんで治療を受けて治療済カードを学校に提出することが求められます。数値目標が設定され,クラスや学年ごとに治療率向上の競争が始まります。これが貧しい家庭の子どもを追い込み,心ある担任を苦しめることになります。PTAでは,気になる子のお母さんとは話かけるようにしています。 

朝ご飯をぬいて来た子は,3・4時間目にはハッキリと元気がなくなります。たまたま朝寝坊での朝抜きなら笑ってすまされますが,夕飯も朝も食べていないとなると深刻です。 

そんな子は寝る時間も遅く,ゲームなどして夜遅く親が帰ってくるのを待ちながら,そのままねてしまったり…。どうすればいいのでしょう。今の学校はアレルギー問題に神経をとがらせています。アーモンド・キュウイ・卵・魚…等々。疑わしいものは用心して口に入れさせないようしなければなりません。昨日まで大丈夫でも今日ダメな(アレルギー反応が出る)こともあります。ですから自分の塩鮭おにぎりを朝抜きの子にあげようにもアレルギーのことを考えるとできないのです。管理職からそう指導されます。 

保健室の冷蔵庫にストックしておいた牛乳を飲ませることはよくあります。校庭の空き地の一角を畑にして植えておいたトマトやきゅうりも食べさせます。グラウンド工事~整備のため空き地がなくなるのがとても残念です。 

以上,子どもの外側…主に学校で表面的に見える貧困を話してきましたが,この子たちの家庭やそこでの子どもたちの心の内側はどうなっているのでしょうか。 

私の勤務校の場合,児童の4割が就学援助家庭。そして母子家庭がとても多いのです。私の知っている5年生の女の子の家庭の場合,母親が夜働いていて家に帰ってくるのは9時~10時。それまで,子どもはお兄ちゃんとカップラーメンが夕飯です。4月よりも体重が減って2学期登校しました(児童相談所に行き,今は少し元気になっていますが…)。夜中はホラーサイトに夢中です。学校でも気持ちの悪い話をよくするので分かります。家の近くまで行ったことがあるのですが,会えなかった。しかしTVの音と笑い声が聞こえました。児相(児童相談所)に行かず,ある意味「しあわせ」なのでしょうか。そんなことはないでしょう。子どもの体も心もボロボロです。年端もいかない10歳の女の子が腹を空かせて朝,やっとこさ起きて登校するのです。遅刻が多いです。担任は「罰」としてよく立たせています。私はこの子を抱きしめて泣くことがあります。それしかできないのです。食事をまともに与えられていない子どもが来るのはまず保健室,それから教室です。そんな子の土日の休み明けの体重はたしかに減っています。 

親自身が引きこもりで子どもを不登校にしている場合もあります。 

殴られてはいないが,ネグレクト(育児放棄)という虐待を受けているのです。この子たちが中学を卒業したらどうなるのでしょうか。今は給食があるから,まだいいようなものですが…。気になる子どもたちとは中学進学後も連絡をとっています。 

給食といえば,給食費月4000円は,生活保護費からの天引きは認められていませんが,就学援助費からは天引きです。 

子どもにとって学校とは安全・安心の学習の場であるはずのものです。しかし果たしてそうなっているのでしょうか。そして何よりも家庭は,子どもにとってどんな場になっているのか。こんな状況がつづくなかで,子どもたちはどんな大人として自立していけるというのでしょう。社会的な保障制度がもっと確立されねばならないことは明らかです。関係諸機関との連絡を密にとっていかねばなりません。しかし,とりあえず目の前のこの子どもに対して自分のできることは何か…それを考え求める毎日です。 

 

以上,報告者の問題提起を一人称の語りとして要約・再現したものです。子どもの貧困に日々向き合っている彼女は,その苦悩を淡々と語り,参会者一同,胸衝かれる思いで聴き入りました。 

以下,熱心な質疑応答・意見交流が参会者の自己紹介もまじえておこなわれましたが,その中の印象的だったものをいくつかを拾ってみます。発言順ではなく,関連するものをまとめて書きました。(  )内は筆者の補足です。 

「保育所でもシャワーで体を洗ってやったり,保育者がおにぎりを持ってきてあげたりしている。『長期休み(夏・冬休み)明けの貧困家庭児童はやせていると言われてきたが,この頃は『土日ネグレクト』(まともに食べさせてもらっていない)で,月曜に子どもがヨロヨロ・ヘロヘロなって出てくる。お金のない家庭をどう支援するか…保育所の場合,学校よりも親との距離が近く,セーフティーネット(貧困などに対する救済システム)の一環としての役割を果たしていると言える。にもかかわらず保育者の給与はいかにも低い(全産業平均給与より10万円低い)」 

「今日,新聞の『お知らせ』欄をみて参加した公立中2の父親です。日曜明けは自分もふらふら出勤だ(笑)。困っている家庭には子どもに会えなくても家庭訪問したりする。PTA等の研修会は平日の昼間…本当に聞いてほしい人には聞いてもらえない。薩摩川内ではプライベートで絵本の読み聞かせをやっている…が,そこに入れない,その舞台に立てない子がいる」 

「家庭では孤食が広がり,共に食べるという習慣は崩れてきている。親も,子どもとどう関わるか…どうしつけたり遊んだりしたらいいのか分からない。DV~虐待死は年360人(うち120人が児童)。学校の保健室が子どもの逃げ場になっている」 

「学校では,全体として学力テストや競争で先生たちが多忙を極めている」 

「いろんな事件を見聞きするたび,どこかの段階で止められなかったのかと思う」 

「小学教員時代,『何年何組は治療率100%でした』などと競争をあおられた苦い思い出」 

「自分の家庭も就学援助を受けた経験がある。子どもの通っていた中学校ではいじめや教師の暴言などがあり,不登校の子どもも出てきた時,『親の会』をたちあげて校長・教頭・教育委員会・養護の先生などいろんな先生方とお会いしてきた。さいわい5人の子どもたちは奨学資金も受けながら大学進学したり,就職したりして現在に至っている」 

「<新婦人>の活動の中で,子ども医療費の窓口負担無料化~現物(サービス)給付方式の実施を要求している。これを実施しきれていないのは全国で7県だけ。その中に鹿児島県(九州では唯一)が入っている。94日にはサンエールで大会。前回の報告者の医療生協玉江先生に講演をお願いしています。よろしく」 

「いま鹿児島で行われているやり方(償還払い方式)では,書類提出が面倒だし,結局病院の窓口で先払いという形で自己負担を余儀なくされているわけだから,当座のそのお金が不足している家庭(先ほどの突き指のケースも)は病院に行くのをためらうことになる」

「生活保護の申請なども,手続きや書類作成が煩瑣(門前払い~水際作戦)なのでやらない人が結構多い。車の運転は生活に必需なものなのに,それだと生活保護申請できないという理不尽!」

 「ホームレス支援の炊き出し活動に参加していると,齢30代で虫歯ボロボロの人に出会う。話を聞くと(子どもの頃)歯科医に連れていってくれる人がいなかったという。鹿児島市では給食無償化の動きあり。市長はヤル気ではないかとの感触を受けているが…。子ども食堂がついに始まるのは喜ばしいこと。自分も中央駅周辺でもやりたいと準備計画中だ。企業も参画するような新しいコミュニティ―づくりが求められていると思う」 

「東京足立区・墨田区での高校教師時代,生徒は時給800円のバイトに忙しく,教室ではペットボトル・ケータイ・スマホ・おにぎりをにぎりしめ…授業時間は爆睡です。一方,公園にたむろしてはスケボーで憂さ晴らしする子たちも…。勉強どころではない彼らのそんな実態に心を痛めました。現在,大学での私のここ数年の研究テーマは<子どもの貧困>です。明後24日(金)に,県内最初の試みとして『子ども食堂』が玉里団地福祉館でオープンします。代表を引き受けさせていただきましたが,月1回くらい私自身現場で料理も一緒に作りたいと思っています。皆さん,ぜひ今後とも支援をよろしくお願いします」

 最後の発言者は子ども研究センタ―所員,齋藤さん(鹿児島大学准教授)です。それまで「子ども食堂」準備に頑張ってこられた小学校現場教師の熱い思い「代表を引き受けてほしい」に即座に応えていただき,「子ども食堂」は実現の運びとなりました。これは,問題提起者の最後の問いかけ「目の前の子どもにできることは何か」に対する答えの一つであることはたしかです。そして答えのもう一つに,目前に迫った「選挙」での私たちの意思表示があることも間違いないところでしょう。


第1回研究会報告 子どもの貧困 ~臨床医の目を通して~

 今年度第1回目の研究会は、5月25日(水)「子どもの貧困~臨床医の目を通して~」と題して、谷山生協病院の小児科医,玉江末広先生に講演していただきました。参加者は講師を含めて20人。うち読売新聞社の女性記者の参加もあり、このテーマに関する関心の高さが伝わりました。まず、玉江先生の講演を約40分程スライドを交えて聞いた後、参加者全員の自己紹介を兼ねながら、「子どもの貧困」についての思いを語っていただき、その後、意見交換に移りました。以下順次報告します。 

 

*講演 

わたしは、普通の医師会とは少し違う医療のあり方を目指す保険医協会の医師として、民医連の小児科学会に参加しました。その折、会長挨拶の中でも、会長は「子どもの貧困」に触れました。 

2012年の統計をみても、子どもの貧困率は、163パーセント、実に子どもの6人に一人の割合です。OECD諸国の相対的貧困率の統計を見ても、いわゆる先進国といわれる諸国の中では最も悪い率になっています。貧困率を分析してみると、母子家庭の実に55パーセントが貧困家庭になっています。 

これらの現実をふまえて、わたしの職場でも2014年に吉見先生を中心にした学習会を立ち上げ、シンポジュウムや市民フォーラムを開催しました。 

その際の学校現場の声として、夏休み明けに、体重が減少して登校する子がいるというのです。これは学校給食がこれらの子どもにとっていかに重要な食事になっているかを物語る例です。次に、子育てができない親がいるという事実です。それぞれの親には、経済的理由や生活環境の問題、生い立ちなど様々な問題が絡み合っています。しかし、最低限、子どもに食事だけは与えて欲しいと学校関係者は訴えています。 

また、弁護士からは、豊かな国と思われている日本の貧困の実態が話されました。まず、年収200万以下の労働者が1000万人、派遣法の改悪で非正規雇用の労働者が2043万人(全労働者の38・2パーセント)、国民年金額が生活基準に満たない現状、貧困が連鎖していく現実、そうして貧困家庭の犯罪率の高さなどが話されました。 

医療現場からは、子どもの貧困は見えにくい、患者自身から貧困を訴えることもないが、掘り下げて診察してみると、ほかの困難を抱えていることがあります。慢性疾患、精神疾患、依存症、発達障害、それに虐待、DV、一人親家庭、外国人、失業、不安定雇用、若年妊娠・出産などなどです。これらの人たちはトラブルメーカーだったりモンスターだったりすることがあり、援助するにも困難なことが多いのです。 

それでは、わたしが直接関わった事例を3件お話します。<事例は省略> 

このように、まだ10代半ばの子どもたちの心痛む事例ですので、単に体のケアだけではすみません。当院ではこのような子どもには、主治医の判断で、臨床心理士に心のケアをお願いするようにしています。 

以上のことから、わたしなりのまとめをさせていただきます。 

1 子どもの貧困は診察現場では見えにくい。スタッフとの情報共有が重要。 

2 親の経済力の格差が子どもの貧困に大きな影響を持つ。 

3 社会保障の充実 非正規雇用をなくして、安定した雇用政策・医療費の無料化が急務。

4 社会全体で貧困問題に取り組む必要

 最後に、日本は本当にやさしくない国だと思います。実際、医療費が払えない人たちがいるんですよ。それで、いよいよ重篤になってから病院に駆け込んできます。医療費は無料にするべきです。特に子どもたちの医療費です。近頃、市民運動の成果で、医療費の無料化が前進しましたが、その償還制度も実用的ではありません。煩雑な手続きや、役所に出向くなどの手間・暇が必要です。本当に必要なのは、支払いの窓口での無料化です。また、未来を担う子どもたちの教育も無料にすべきです。もちろん、給食費も無料にすべきです。子どもに関するもの、医療と、教育、これは高校、大学までの高等教育までくるめて、無料にすべきです。子どもに関する政策は、貧富に関わらず、平等にすべきなのです。 

ともかく、社会全体で貧困の実態を知り、貧困問題への認識を高めていく運動が大切だとつくづく思います。 

 

*自己紹介 

薬剤師、小児科女医、新婦人県本部役員と県母親大会実行委員、鹿児島市の市議会議員の皆さんが自己紹介の後、こどもの貧困について、次々と思いが語られました。 

高校教師:授業料無償申請の手続きが煩わしい。5千円の入学料が払えずに入学辞退した子もいた。 

新婦人役員:医療費無料化、給食費無料化の運動を会としても広げていく。 

市議:償還払いは市役所まで行って、手続きも面倒。九州では、鹿児島、沖縄だけが残っている。 

市議:自分も300万円の奨学金返済をした。市独自の返還不要の奨学金制度について議会で質問するつもり。年収200万以下の貧困女子の実態が深刻。 

高校教師:自分も奨学金を受給した。高校の入学時には、多額の費用がいる。制服のリサイクルのシステムを作っている。貧困家庭の子は虫歯の治療もなし。 

子どもの虐待問題研究会代表:大阪で保健婦として働いた後,鹿児島に帰り研究会をたちあげた。貧困と虐待は密接な関係性がある。生活の中で子どもが置き去りにされている。大事なものが伝えられていない。次世代が心配。 

専門学校講師:学費が高くて大変。学生はアルバイトに追われて勉学に集中できない。 

保育問題研究者:保育の中では貧困は見えにくい。全国の例では、朝ごはんを食べてない子、風呂に入ってない子、着替えをしていない子などの報告がある。 

小学校教師:3児の母、子育てしながら14年間の教師生活。子ども食堂を作りたい。関心のある方は連絡を。 

小学校教師:共同の子育てが年々難しくなった。子育てができない親が増加。母親がゲームに熱中して家事を放棄し、祖母が面倒をみているような例も。 

団体役員:高等教育に対する国の姿勢が許せない。教育は自己責任なのか? 

高校教師:「過度の競争が子どもの発達をゆがめている」その国はどこか?と質問すると生徒たちは「中国」と答える。それは、自分たちの日本だという認識はまるでない。 

元大学教授:自分の子ども時代は、戦後の民主教育が盛んで、教師も親も「子どもは未来を担う大切な存在」ととらえる意識基盤があった。貧しかったけれど。 

元小学校女教師:特殊学級を持っていた時の家庭訪問で、あまりの貧困・家庭生活崩壊ぶりに唖然とした。今,その子はどこで、どう暮らしているのか。 

大学教員OECDの調査で、GDPに対する教育費の割合は、先進国中、日本は最低。授業料が異常に高騰して、学生は奨学金に頼るしかないが、それは教育ローンと同じ。学校の統廃合問題でも、今の親は廃校に賛成する。大規模校ほど学力が高いと思い込んでいる。 

 

*意見交換 

講師:医療費の償還制度は本当に使いづらい制度だ。使いやすい制度こそ制度と言える。 

大学教員:使いづらくして、自治体はお金を浮かそうとしているのでは?就学援助制度も熱心に宣伝していない。 

市議:医療費無料の新対象者は申請が必要。未申請者の中にこそ貧困が隠れているのでは。 

高校教師:貧困の実態を探る切り口は? 

講師:大人の貧困が子どもの貧困ということ。児童クラブも小2年まで。待機の子どもの中に貧困がある。 

大学教員:義務教育は無料と謳っているのに、無料なのは授業料と教科書だけ。副読本も給食費も有料だ。 

元大学教授:貧困を隠す当事者。社会の中でのセーフティーネットワークが必要。子ども食堂のような。 

小児科医:乳幼児健診時に気になる親子の存在が……もっとわたしに時間が有れば。 

講師:ともかく大人は子どもに責任をもつ!ということだ。子どもの幸せのために皆の知恵を集めましょう!

 

 このように、参加者の熱心な討議が予定の時間一杯続きました。「子どもの貧困」については、第2回・第3回・第5回センター研究会に続きます。どうぞご参加下さい。

鹿児島の教育・子育てについて研究する「鹿児島子ども研究センター」の公式ホームページです。

鹿児島子ども研究センター
〒890-0065

鹿児島市郡元1丁目20番6号
鹿児島大学教育学部前田晶子研究室気付
TEL/FAX 099-285-7787